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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)2526号 判決

控訴人 加藤智彦

右訴訟代理人弁護士 菊地博泰

同 髙木右門

同 本島信

右訴訟復代理人弁護士 高野隆

被控訴人 押田義雄

右訴訟代理人弁護士 佐々木国男

同 中川寛道

主文

原判決主文第一項を取り消す。

被控訴人の本訴請求を棄却する。

控訴人のその余の控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、第二審を通じて二分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実

一  申立

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の本訴請求を棄却する。被控訴人は控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載(三)の建物を収去して同目録記載(一)、(二)の土地を明け渡し、かつ、昭和五二年四月八日から右明渡しずみまで一か月金一万三、二八〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二  主張

次に付加するほかは、原判決事実欄の「第二 当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  被控訴人の当審における陳述

(一)  原判決九丁裏九行目の「昭和二四年一二月八日」とあるのを「昭和三四年一二月八日又は昭和四四年一二月八日」と訂正する。

(二)  控訴人が本件土地の賃貸借契約を被控訴人の賃料不払を理由に解除することは、信義則に反し又は権利の濫用であって、無効というべきである。すなわち、被控訴人は昭和二二年ころ本件土地を自創法に基づき売渡しを受けて自己の所有に帰したものと信じ、以後その使用を継続してきたのである。被控訴人がそのように信じたのは、本件土地が当時すでに現況宅地であり、しかも売渡しを受けた隣接宅地と接続して位置していたという客観的事情があったためである。それで、被控訴人は以来二〇数年の長期間にわたり賃料の支払いをしなかったのであり、他方、控訴人もその間本件土地が被控訴人の所有に帰したと信じていたためこれを放置し、賃料の請求をしなかったのである。かような事情のもとにある本件において、控訴人が賃料の不払いを原因として解除権を行使することは甚だしく不合理であり、被控訴人に一方的に酷な結果をもたらすことになるため容認されるべきではない。

2  控訴人の当審における陳述

もし取得時効に基づき被控訴人による本件土地の所有権の取得が認められるとすれば、控訴人は対価の支払いなど何らの補償も受けないままにその所有権が侵害されることになり、憲法二九条一項及び三項に違反することになる。したがって、被控訴人による本件土地所有権の取得は許されるべきではない。

三  証拠《省略》

理由

一  被控訴人の本訴請求について

1  本件土地がもと控訴人の祖父である訴外亡加藤孝太郎の所有でありその名義の所有権移転登記がなされていること、その後同訴外人の死亡に伴い、控訴人がこれを相続したことは当事者間に争いがない。

2  被控訴人は、本件土地所有権を取得時効により取得したと主張するので、まずこの点について審案する。

被控訴人が昭和二四年一二月八日本件土地の占有を開始し、また右同日から一〇年を経過した昭和三四年一二月八日及び同二〇年を経過した同四四年一二月八日当時それぞれ本件土地を占有していたことは当事者間に争いがないところ、控訴人は被控訴人の右占有はいわゆる他主占有であるにすぎないと抗争する。

被控訴人の祖父である訴外押田米吉が明治三六年ころ控訴人の祖父である訴外亡加藤孝太郎から本件土地を本件隣接地とともに賃借しており、その後に被控訴人が訴外亡押田米吉の死亡により賃借人たる地位を相続取得し、また控訴人が訴外亡加藤孝太郎の死亡により賃貸人たる地位を相続取得したこと、被控訴人が自創法に基づき昭和二三年七月二日及び同年一〇月二日国から右本件隣接地の売渡しを受け、同二四年一二月八日被控訴人名義に所有権移転登記を経由したが、本件土地については右売渡しを受けず、したがって被控訴人名義に所有権移転登記を経由するに至っていないことは当事者間に争いがない。

ところで、民法一八六条一項は、占有者は所有の意思をもって占有するものと推定しており、占有者の占有が自主占有にあたらないことを理由として取得時効の成立を争う者は、右の占有が他主占有すなわち所有の意思のない占有であることについての立証責任を負うのであるが(最高裁昭和五四年(オ)第一九号同年七月三一日第三小法廷判決・裁判集民事一二七号三一七頁参照)、右所有の意思は、占有者の単なる内心の意思によってではなく、占有取得の原因である権原又は占有に関する事情により外形的客観的に定められるべきものであるから(最高裁昭和四五年(オ)第三一五号同年六月一八日第一小法廷判決・裁判集民事九九号三七五頁、最高裁昭和四五年(オ)第二六五号同四七年九月八日第二小法廷判決・民集二六巻一、三四八頁参照)、占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか、又は占有者が占有中に真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかったなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される事情が証明されるときは、占有者の内心の意思のいかんを問わず、その所有の意思を否定し、時効による所有権取得の主張を排斥しなければならないものである(最高裁昭和五七年(オ)第五四八号同五八年三月二四日第一小法廷判決・民集三七巻二号一三一頁参照)。

これを本件についてみるに、被控訴人は本件土地を被控訴人から賃借してこれを占有するに至ったものであり、被控訴人は昭和二四年一二月八日に新たに本件土地の占有を開始したのではないから、被控訴人の本件土地の占有はその権原の性質上賃借権に基づく占有であり、被控訴人が昭和二四年一二月八日その内心において本件土地につき本件隣接地とともに国から売渡しを受けたものと信じ、以後自己の所有に属するものと信じてこれを占有したとしても、外形的客観的にみて被控訴人の本件土地の占有はその原因である権原の性質又は占有に関する事情からは所有の意思がないものといわざるをえない。

《証拠省略》によれば、本件土地は本件隣接地と地続きであって、両者が一団地状の形態となっていること、本件土地は早くから宅地化され、右隣接地のうち二筆の土地(上尾市大字須ケ谷字山前田四一番二、同四二番三)と本件土地との間には土地の境界を示すような標識は何もなく、訴外亡押田米吉はこれらの土地を区画することをせず、事実上一個の土地として扱い、その地上に原判決別紙物件目録記載(三)の建物(以下、本件建物という。)等を建て、堆肥置場を作るなどして、その居宅敷地として使用していたが、被控訴人はこれをそのままの状態で前記相続により承継したこと、したがって被控訴人は昭和二四年一二月八日本件土地が本件隣接地と別筆であるのを知らなかったこと、被控訴人は控訴人から本件土地及び本件隣接地のほか農地約二反二畝歩を賃借し、また控訴人以外の者からも農地若干を賃借していたところ、自創法に基づき、これらの小作地のうちの大部分である合計約三反五畝歩の売渡しを受けたが、その際被控訴人はこれらに関する手続の一切を当時の伊奈村北地区農地委員に委ねていたため、本件土地が右売渡から除外されているのに気付かず、右農地委員から右売渡証書の交付を受けたときにも本件土地についてまでも売渡しを受けたものと信じていたこと、被控訴人は昭和二二年八月二九日控訴人に対し本件土地の同二一年度分小作料として二三円九二銭を支払ったが、その後は右小作料の支払いをしなかったことが認められる。しかしながら、以上の事実をもってしては、前示被控訴人の本件土地の占有が他主占有であるとの認定を覆えすことはできない。他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

3  そうすれば、被控訴人が本件土地を所有の意思をもって占有したということはできないのであるから、被控訴人が本件土地を取得時効により所有権を取得したことを前提とする被控訴人の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、失当たるを免れない。

二  控訴人の反訴請求について

1  控訴人の祖父訴外亡加藤孝太郎が明治三六年ころ被控訴人の祖父訴外亡押田米吉に対し本件土地を賃貸したこと、その後控訴人が訴外亡加藤孝太郎の死亡により賃貸人たる地位を相続取得し、他方、被控訴人が訴外亡押田米吉の死亡により賃借人たる地位を相続取得したことは当事者間に争いがない。

2  控訴人が被控訴人に対し本件反訴状をもって右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右反訴状が昭和五二年四月七日被控訴人訴訟代理人佐々木国男に送達されたことは当事者間に争いがなく、被控訴人が昭和二四年以降右賃料を支払っていないことはまた当事者間に争いがない。

控訴人は昭和二二年以降しばしば被控訴人に対し右賃料の支払いを催告したと主張し、《証拠省略》中にはこれに添う部分があるが、次に認定する事実に照らしたやすく措信し難い。

《証拠省略》によれば、控訴人は昭和四五年ころ旧上尾市大字須ケ谷字山前田四二番一、畑二畝一〇歩を本件土地(二)と上尾市大字須ケ谷字山前田四二番四畑一二平方メートルとに分筆し、そのうち後者を県道の拡幅のため同年三月一日付で埼玉県に売渡す旨の売買契約を締結し、そのころ右代金が埼玉県から控訴人に支払われることになった際、控訴人も被控訴人も初めて本件土地が自創法に基づく前示売渡の際国により買収、売渡しの対象とされないままの状態にあったことに気付き、控訴人はそのころはじめて被控訴人に対し右賃料の支払いを催告したことが認められる。

4  被控訴人が本件土地上に本件建物を所有して本件土地を占有していることは当事者間に争いがない。

5  被控訴人は控訴人の右解除権の行使は信義則に反するものであると抗争するので、以下この点について審案する。

本件土地が本件隣接地と地続きであって、両者が一団地状の形態となっていること、本件土地は早くから宅地化され右隣接地のうち二筆の土地(前記四一番二及び四二番三)との間には土地の境界を示すような標識は何もなく、訴外亡押田米吉はこれらの土地を区画することをせず、事実上一個の土地として扱い、その地上に本件建物等を建て、堆肥置場を作るなどして、その居宅敷地として使用していたが、被控訴人はこれをそのままの状態で前記相続により承継したこと、被控訴人が自創法に基づき昭和二三年七月二日及び同年一〇月二日国から本件隣接地の売渡しを受けたが、被控訴人は本件土地についても右売渡しを受けたものと信じていたことは前示のとおりであり、また控訴人も被控訴人も昭和四五年ごろに至り初めて本件土地が自創法に基づく買収、売渡しの対象とされないままの状態にあったことに気付いたことはまた前示のとおりである。そして、《証拠省略》によれば、控訴人はもと多数筆の農地を所有し、その大部分を小作に出していたところ、自創法によりこれらを買収されたのであるが、なお自己の居宅及びその敷地を所有していることが認められる。

以上の事実に徴すると、控訴人は昭和二四年以来実に約二八年間の久しきにわたり賃料不払を事由とする解除権を行使せず、相手方たる被控訴人においてもそのためもはや右解除権を行使されることはないものと信ずるにつき相当の事由を有するに至ったものということができるから、控訴人が右賃貸借の賃料額及びその支払方法につき被控訴人をして納得させるに足る合理的な説明及び催告の手続を経ることなく、本訴訟手続において右賃貸借契約解除権を行使し、被控訴人に対し本件土地の明渡を求めるのは、信義誠実の原則に反するものとして許されないといわなければならない。

もっとも、《証拠省略》によれば、被控訴人は本件土地は地積合計五四九平方メートル(一七〇坪)であり、本件隣接宅地三筆の地積合計は二二五・二七坪であることが認められるから、被控訴人は右本件隣接宅地の売渡しを受けた時、その売渡証書を検討すれば、自己が居宅の敷地として使用していた土地の範囲の地積と売渡された土地の地積の差異から、本件土地は本件隣接地とは別筆のものであり、しかも売渡しから除外されていることを容易に知り得たはずであるといわなければならない。そして、被控訴人としては、本件土地と本件隣接地とを併せて一団地として賃借占有していたのであるから、右売渡しに際しては、その売渡しの土地の範囲を確認すべき注意義務があるというべきところ、被控訴人はこれを怠り、売渡証書の内容と占有使用中の土地の現況とを比較検討することもなく本件隣接地と共に本件土地も売渡されたと信じたのであるから、被控訴人はこの点につき過失があるというべきであるが、他方、控訴人においても同様な事情が認められること前示のとおりであるから、被控訴人の右過失の存在をもって前示認定を覆えすことはできないというべきである。

してみれば、控訴人の本件土地の賃貸借契約解除が有効であることを前提とする反訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないといわなければならない。

6  次に、控訴人は昭和二二年被控訴人に対し本件土地を畑として無償で貸し付けた旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はないから、右使用貸借の成立したことを前提とする控訴人の反訴請求もまた理由のないことが明らかである。

三  結論

よって、原判決中、被控訴人の本訴請求を認容した部分は不当であって本件控訴は理由があるからこれを取り消し、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、控訴人の反訴請求を棄却した部分は相当であって本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡垣學 裁判官 磯部喬 大塚一郎)

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